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やませれのCerezo Blog ~ここにしか咲かない桜~

セレッソについて書いたりしています。写真とかのせたり思ったことをつらつらと。。分析とかもできません、写真も良くはないかもしれない、ただセレッソが好きなので書きます。

今年の移籍は、どこか冷たい #セレッソ #cerezo #サッカー

移籍 セレッソ

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セレッソにもサッカーにも人の暮らしにも、冷たさ(冷酷さ)は必要。ただそれを超える温かさが含まれてないと、人間は毎日を過ごしていけないだろう。

 例えば医者が手術をすることは、はたから見れば大切な身体を傷つけるという冷たい行為に見えるかもしれない。それでもその向こうには、その命を救うという温かい思いがある。


全てがそれと同じように片付けられるというわけではないけれど、奥側にある、真実だったり、考えを知ろうとしないと解釈を間違えたままになることがあって、セレッソ大阪の移籍の動向(とくに最近)を見ているとちょっとその温かさが少ないのかなあと思ったりもする。 f:id:yamadacerezo:20160719083303j:image

今シーズンになってからチームを離れたのは718日(月)時点で、扇原、ブルーノ、橋本。

どの選手もそれぞれのポジションで、セレッソにとって欠けるべき存在ではなかったように思う。試合に出ている、出ていないだけではなく、チームの底上げやセレッソ大阪の将来を考えた時に必要な選手だった。

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いちサポーターには知り得ない事情もあると思う。毎年、選手の移籍があるのは当然だし、来る者がいれば、去る者もいる。もちろん別れと出会いは表裏一体ではある。

それでも最初に書いたみたいに今年の移籍は冷たさを感じてしまう。なんというか、チームの「選手への気持ち」みたいなのがいまいち見えてこないのが残念だ。 f:id:yamadacerezo:20160719083338j:image

失ったものは、失って初めてその価値の大きさに気付いたりする。

「後悔は先には出来ない」と自分はいつも思うのだが、まさにそれなのだ。 f:id:yamadacerezo:20160719083411j:image

これが正解かもしれないし、不正解かもしれない。数学ではないから答えがカチッと決まることはないと思う。

選手にとってはこの移籍は正しかったと思う。次にどういう選択をするとしても。

しかし、セレッソ大阪にとってこの選択が正しかったかと言えば、僕は首を傾げる。 f:id:yamadacerezo:20160719083419j:image

確かに構想外になる選手が出てくるのはチームを運営していくうえで当然だと思う。そしてそこに冷酷さが付きまとう事もあるだろう。

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それでも、僕らが冷たさを強く感じてしまうのは、その奥にあるはずのチームから出る温もりを感じられないからかもしれない。選手が昔からいるとか、活躍してたとか、そういうことだけではなく。

オフィシャルの発表の仕方だったり、それまでの対応だったり、移籍が決まってからの雰囲気だったり。

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今までも、こういうことはあったかもしれないけど、今年の移籍ニュースには、特にそれを強く感じてしまう。考え過ぎかな。

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