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やませれのCerezo Blog ~ここにしか咲かない桜~

セレッソについて書いたりしています。写真とかのせたり思ったことをつらつらと。。分析とかもできません、写真も良くはないかもしれない、ただセレッソが好きなので書きます。

僕等で未来を変えよう、居るべき場所へ帰る為に。 #セレッソ #ファジアーノ #J1昇格プレーオフ

セレッソ J1昇格プレーオフ 雑記

試合が終わってすぐ、歓喜の声をあげたのは、僕らが決勝への切符を勝ち取ったこと、J1への可能性を残したこと。そして、緊張と恐怖から解き放たれ、僕もセレッソ大阪も「まだ、生きてる」と感じたからだ。

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最後の5分弱は、久しぶりにプレーの一つ一つに震えが止まらなかった。リーグ戦でもこう言う展開は幾多もあったけれど、京都戦のそれは意味が違う。

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もし失点すれば「2016・セレッソ」の死を意味する。そう考えただけで自然と声をあげて選手を鼓舞していた…できていたかは分からないけど。

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杉本健勇はその声に「もっとくれ」と言うようにバクスタのサポーターを煽ったし、山口蛍はいつも以上にピッチを駆け回り、山下達也は髪を振り乱して相手との競り合いに果敢に挑んだ。

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とにかくあの日戦っていなかった選手は誰もいなかった。

メンバー外の選手もスタッフもサポーターも、もっと言えばスタジアムやテレビで観ていた元セレッソの選手達もそうかもしれない。

その想いの強さが、僅かに京都よりも上回った。

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去年のプレーオフ決勝のあと、僕はこんなことを書き残した。

「失うものは何もない、なんて事はない。目標に届かなければ何かを失う」

12月4日(日)も、それと同じ状況になると思う。とにかく僕らは勝ち上がらなければいけない。それは選手の人生、クラブの今後、だけでなく、もしかしたら少しばかり僕らの未来にも影響があるかもしれない。

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前記事と同じ言葉「2016年12月4日をみんなの今年最高の日にしよう」で締めようと思う。

冬のキンチョウスタジアムで、勝利の雄叫びをあげるのは、必ずセレッソ大阪だ。

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YAMADACEREZO(ヤマセレ)

 

 

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